
あなたのイタミ、請け負います。
--------------“痛み代行屋”
「…………何て格好してるんだ」
頭上から落とされた冷ややかな呆れ声に、小次郎は汗ばんだ顔を持ち上げた。
住み慣れた部屋の天井と、こちらもやはり見慣れた端正な顔が、イモ虫のように
床に転がっている自分を見下ろしている。
「……よぉ、米倉。お久…………うッ」
余裕の笑顔を取り繕ってみたが数秒ももたず、小次郎は腹部から下半身にかけて
を襲うどんよりと重い痛みに顔をしかめた。
「相変わらずだな。今日は何の『痛み』なんだ?」
「当ててごらんアソバセ、お医者先生」
痛みを堪えたくぐもった声で、それでもいつもの調子の軽口を小次郎は床の上か
ら放つ。
米倉は腕組みをしたまま、くされ縁なちょっと頭の足りない友人の醜態を見下ろ
して、軽く片眉を上げた。
「イラついているようだな。下半身の鈍痛………生理痛か?」
「………ごめーとー」
即座に言い当てられて「つまんねぇの」と言いたげに、小次郎はフローリングの
上でゴロリと仰向けになった。
細身だが鍛えられた長身と、名前の通り武士のように整った男らしい顔が、米倉
の足許に投げ出されている。
普通に見ればそこそこの二枚目だろう。
------------生理痛などに悶えてさえいなければ。
-------------“痛み代行”。
依頼人の抱える肉体的な『痛み』を、金銭と引き換えに
言葉通り『身代わり』となって請け負う------
それが、この男が非合法に行っている仕事である。
……実際「合法」も「非合法」もあったもんじゃない。
他人の痛みを自分に転移させる事のできる人間なんて、こうやって目の当たりに
でもしなければ、箸にも棒にもかからない絵空事だ。
ナンセンスな冗談にもほどがある。
しかしこの男前な友人は、その「ナンセンスな特殊能力」を以て生業としている
のだ。現実主義を貫く米倉には、頭の痛くなるような話である。
いっそこの頭痛を、頭痛の種にあたる男に『代行』してみて頂きたいくらいだ。
「著名な某女外交官がさぁ、今日どーしても成功させなきゃいけない国際会合が
あるからとか言ってさぁ………あつつつ……」
「お前の仕事には守秘義務がないのか?それじゃあ依頼人が丸判りだぞ馬鹿もの」
TVでよく見かけるその依頼人の顔が脳裏に浮かんで、米倉は不快そうに眉根を
顰めた。同時に『あの歳でまだ生理があるのか』といらない感心もよぎったりする。
「ありますよ、守秘義務。米倉はいいの、お前は俺のアシスタントみたいなモン
なんだから」
「そういう台詞は給料の一銭でも払ってから言うんだな。
生理痛の代行にいくら支払わせた?」
「24時間で、しめて30萬円」
小次郎は脂汗の滲む顔で米倉を見上げ、ニッと笑う。
たった1日生理痛を『消す』のに30萬という金額が高いのか安いのか、例え医療
に携わる人間といえども、男の米倉にはどう足掻いても理解できない。
…足許に転がって唸っている友人は、どうやらその痛みを目下体験中らしいが。
「これがまたすげぇの………ヘタな怪我よりタチ悪いぜ、生理痛ってのは。
下半身絞られるみてぇな。中身引きずり出して揉みほぐしたい気分」
引きずり出すべき子宮も持たない大の男が、ひきつった笑いを顔に張り付かせなが
ら生々しく実況中継してくれた。
「押しても叩いても鈍痛が散ってくれねぇから、いっそホーストか誰かに
思いっきりフックを入れて欲しいぐらいで……」
「もういい、判った。俺は今充分、男に生まれた幸せを噛み締めた」
若くして内科の診療所を個人で構える有望なお医者先生は、理不尽な頭痛を追い払
うかのように眼鏡を押し上げて、友人の力説を遮った。
「今日はキャンセルの患者が多くて少し空きが出来たんでな、
上の階に住む冗談半分な男と飯でも食おうかと思ったんだが。
その分だと食欲もなさそうだな」
「せんせー、冗談半分な男って誰の事だか判りませーん」
「『冗談は顔だけにしろ』とか『存在そのものが冗談』と言い直せば
判り易いか?」
「………お前さんの事慕ってる患者さんや、お前に頬染めてる看護婦さん達に
その性格の悪さを吹聴して回りたい気分………」
ぐったりとげんなりを合わせたような顔で、小次郎は小さく独りごちた。
しかしこんな非生産的な会話を交わす時間が、お互い嫌いではない事も知っている。
「飯、食えるよ。こんな時こそ肉がいいなぁ。
なんか気持ち、血が無くなってる錯覚あるし」
言いながら小次郎は上半身を起こした。
乱れて、汗で額に張り付いた前髪をぐいと押し上げる。凛々しく整った眉が現れた。
「陽が暮れないうちに行こうぜ。俺もこの後、もう一件仕事が入ってるし」
広告も出していなければ宣伝もしていない、小次郎の仕事にはそれでも噂を頼って
やってくる依頼者が後を立たない。
金銭と引き換えにしてでも、たとえ一時の短い間でも、消し去って欲しい痛みを抱え
た人間はこんなにも多いのだなと米倉は常日頃思わされる。
「生理痛の後は、何だ?」
「んー、末期の癌患者」
軽く返された小次郎の言葉に、米倉は一瞬押し黙ってしまう。
「……………お前な…」
「1日だけだって」
咎めるような溜め息を乗せて口を開いた米倉の言葉を、小次郎は苦笑混じりに遮った。
「依頼者がさ、1日あれば充分だって言ってたから」
何が、とは言わず。
少し哀し気な、それでいてどこか穏やかな顔で、小次郎は微笑んだ。
その友人の表情に、米倉は張っていた肩を落とす。
まったくこの男は、と。
「……人間ってのはな小次郎、痛みで死ぬ事だってありうるんだぞ。
大体そうやって、他人の痛みばかり背負い込んでおいて-------------」
自分の痛みは何処に預けるのだ。
-------とまでは、言葉を続けられなかった。
自らの過去への償いのように、
それが罰なのだと言い聞かせるように、
進んで痛みを受け続ける男。
どんなに重い痛みを請け負っても、痛みに顔を歪め時には命さえ削っても、
決して「痛い」という言葉を吐かない男。
馬鹿だ、と思う。限り無く愚かだ。
いっそ痛々しいくらいに。
「………悪いな、心配かけて」
言葉を失った米倉に向けて、小次郎はバツが悪そうに笑った。
子供のような眼を上げて。
「……心配なんぞしとらん。
俺はただ生物学的に、お前の能力に興味があるだけだ」
一瞬の変わり身で先程までの鬱蒼とした思いを裁ち切ると、米倉はきびすを返し
て歩きだす。
「米ちゃんつめた〜〜〜〜〜い」
「さっさと行くぞ。肉食うんだろ」
「俺今ブルーデーなんだから、うやうやしく扱えよ〜。お姫様のよーにっ」
小次郎は軽口を紡ぎながら立ち上がり、米倉の振り向かない白衣の背を追って、
部屋を出た。
慣れる事のないくすぐるような「痛み」に、少しだけ眉をしかめながら。
END.
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これは何かと言いますと、以前鈴木次郎ちゃんと話をしていた際に
「締切直前に生理痛を代わってくれるなら一日幾ら払うか!?」というバカ話になり(笑)
「こんな漫画はどうだ!!」と二人で盛り上がって考えた設定がこんなの。
それをモトに、「こんなカンジかい?」と私が書きなぐったSSがコレ。
だから主人公の“小次郎”と“米倉”は、次郎ちゃんと私の名前をモジっただけ(笑)。
まあ折角なので小ネタとして載せてみました。
実は、無駄にコミックス数巻分の話を考えてしまった……(笑)。
因に編集さんにこのネタを話したら鼻で笑われました(笑)当然か。